缶の生ビール 歩き飲みに最高らしいです

平野啓一郎氏の最新作、『本心』という小説を少し紹介します。


個人がAIの作成を企業に依頼する時代、多くの人が”衣服のように”アバター所有しヴァーチャル空間でのやりとりが何ら特別ではなくなった世界。これだけ聞けばSFの印象を強く受けるのですが、2040年代の日本を舞台にしたそう遠くはない未来の話です。

自ら死の準備を整えそれを実行する「自由死」、それが法的に可能になった未来で主人公の男性は母から「自由死」をしたいと告げられます。取り乱しなぜ「死のうとする」のか問いただしますが納得のいく答えは得られず、冷静に話し合うこともできないまま母親は事故によってこの世を去ってしまいます。母を失った悲しみを慰めるため、そして母の本心を探りたいという思いから男性は母親の人格をかたどった人工知能、VF(ヴァーチャル・フィギュア)を作ることに。非常に精巧であるがゆえに「母ではない」という違和感に苦しみ、自らのくらい先行きにあえぎ、他にも登場人物達が抱える問題はヘヴィーで現実とリンクさせると足がすくむような絶望にとらわれてしまいます。

大切な人から「自由死」したいと告げられる衝撃は想像に余りありますが、一方で自らが望むかたちで大切な人と共に最期のときを過ごしたいという風に考えると、それは奇妙あるいはデカダンな願いではないようにも思えます。今を生きる人へのエールともいえる結末を迎えますので、ぜひ手にとってみてほしいです。


著者の平野氏は『日蝕』で衝撃的なデビューを果たし、当時最年少での芥川賞受賞という快挙を遂げました。それからもう22年(!)、現在は高校国語の教科書にも作品が載っているそうで、押すに押されぬ大作家ですね。私も高校生の頃手に取ったのですが衒学的ともいえる文体に目眩を覚え最後まで読み切ることができず、悔しいやら才能に圧倒されたやら…懐かしいです(今はより多くの方に読みやすい文体でより現代的で身近なテーマを扱っているように感じます)。
ところで先日、缶の生ビールが発売され界隈で話題になっていましたが、氏は同様の製品を2012年に作品に登場させていた人でもあります。何という先見の明…!あやかりたいところです。

 

SFはそれほど読んだことがないOP S